2009年06月17日

私は貝になれるのだろうか

最近、ふと思う事がある。
もしもオタクの道に進まずに、人並みに流行を追いかけて人並みの音楽を聴いて人並みに恋愛して、

――そんな人生も有り得たのだろうか。


ダッシュを使えば奈須きのこっぽくなると言うわけではないね。まぁ狙ってもいないけど。
今日のお話は、もしも自分が今と違う道を選んでいたら?と言う事。

とは言っても、別に現状に不満があるわけじゃない。
オタクじゃない生活なんて今からしたら考えられないし、コンビニにたむろして下品な話で笑い合う様な生活には軽蔑こそすれ、憧れなどするわけがない。
ただ、恐らくオタクにならなかったら、俺は今頃リア充の金魚のフンのような生き方をしていたのだろうなぁとは思う。
今にして思えば、物心ついた時からオタクになる兆候はあったような気もするが。

本格的にこっちの道を意識し始めたのは中学生の時だ。
それまでは「オタクとか、なんか見た目からして危ないよなぁ。こんな大人になったら終わりだなぁ」くらいにしか思っていなかったのだ。6年前の自分に一言言うとしたら、間違いなく「お前はもう終わっている」と言うだろう。
非常に当時の自分はバカであった。もし記憶を引き継いで人生をやり直せるなら、俺は中学に入る前に東方の旧作をコンプリートできるのに。
その後、友人に借りたKOTOKOで電波ソングと言う物の存在を知り、続けて2ちゃんねるへとズブズブと嵌っていくのだが、それはまぁどうでも良い。

今にして思うのは、例えばあの時友人が俺に貸したCDが、KOTOKOではなかったら……と言う物だ。
KOTOKOじゃなくてmosaic.WAVだった、なんてのは無しな。それじゃ強い方面にシフトしてるだけだ。
結局はそうなるきっかけが変わるだけかもしれないし、どう足掻いても潜在的にオタクだった事は変えようも無い。
それでも、「もしも、現実での一般的な幸福を求めていたら」とは考えてしまう。

人並みにファッションに気を使ってリア充に媚を売っているならば、今頃並行世界の自分はブサイクな彼女の一人くらいは出来ているのかもしれないのだ。
向こう側の自分は、それはそれで幸福そうであろう。こっちから見ても寒気しかしないが。
逆に向こうがこっちを覗いたら、余りの不甲斐なさに絶望するのかもしれない。
それは18年余りの短い生涯で構築されていった価値観の問題だから、どっちが正しくてどっちが間違っていると言うわけでもあるまいが。

少なくとも今の俺は、自分の人生に不満を持ってはいない。むしろ充実してるとも言える。
けれどもどこかの自分は、ブサイクな彼女と腕を組んで幸せそうに歩いている。それを考えるたびに、俺は妙な脱力感に襲われるのだ。
posted by Mrバーボン at 23:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
正直オタクの道に踏み込んでいないという事は自分には想像できませんねw

そうゆう環境は整ってたし、なにより中学の友人との出会いだな。
仮に出会っていなかったとしても、おそらくその先の出会いでその道に踏み込んでいることだろう。

もしオタクになってない人生があったとしたら、少なくともまっとうな人間にはなっていなかったかもなぁw
Posted by くずき at 2009年06月18日 21:09
>くずき
まぁ、そうなる運命だったって事ね

オタクだって非オタクだって、危ない奴は危ないわけで
オタの道で救われた、みたいな事が無い限りは
Posted by バーボン at 2009年06月20日 23:30
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